浪人密偵捕物帖(サンプル)
序章
「ああ。たまらない・・・・たまらないねぇ・・・」
小舟町の船宿、相模屋の一室で、女の乳房に顔をうずめながらそう漏らしているのは、ふた月ほど前から下谷広小路にある旅籠・井関屋に宿泊しているある男であった。名前を
『加賀屋・房吉』
と名乗っている。
この男、なんでも上方から小間物の行商のためにこの江戸へ来ているらしい。色白で小柄ではあるが、すらりとした細身の体で人品も良く、なかなかの男ぶりのため、行商先でも人気が高い。
その房吉に抱かれている女は、深川にある料理屋、木戸屋の女中のおいねであった。二人の出会いは、まさにその木戸屋で、房吉が小間物を何度も売りに木戸屋に通ううち、わりない仲になったのだ。
「おいねさん。あんたの体は見るたびに美しくなっていくなぁ。この胸乳の形なんか、最初の頃とは・・・・」
「いやですよ。房吉さん・・・・・あっ・・・・そんな事をしては・・・・・」
喘ぎつつも房吉にそう言うおいねの声を聞いたら、木戸屋の者は
「これが本当に、あのおいねの声なのか・・・・・」
とさぞ驚いたに違いない。
というのも、木戸屋でのおいねはどちらかというと無口な質で、店の者と言葉を交わすにしても小さく低い声で喋る。客の前ではともかく、普段はあまり笑顔を見せることもないのだ。
それでもおいねは、十四の歳に木戸屋に奉公に出て以来、これといった失敗もせずに実直に勤め、主人夫婦にも気に入られている。さして美人という方ではないがどこか愛嬌があり、江戸によくいる娘と比べるとやや色白で、ほっそりとしたなよやかな上半身に、それと引き比べると程よく丸みを帯びた尻から脚にかけての線は、木戸屋の常連客の中にも
「ここは、名物の沙魚の煮付けとおいねさんの体で持っているねぇ」
とからかう者も少なくない。
木戸屋の主人は京の出身で、そのため木戸屋は小体な店ながら作りもよく、すべてにおいて上品であったため、評判もなかなかに良かった。
おいねは、十日ほど前からこうして、外に出る用事のあるたびにこの相模屋へ来て房吉と会っているのだ。
二週間ほど前の事であったろうか。店の用で万町まで出かけ、主人に
「今時分はそれほど忙しくないから、まあゆっくりしておいで」
といわれたおいねは、用事の後に薬師堂へお参りしてから帰ろうと考えていた。
お参りを済ませたおいねが薬師堂を出る前に妙に生暖かい風が吹き、雲が少し出ていたが、伊勢町にさしかかった時、にわかに雲行きがあやしくなってきた。
(さっきまであんなに良いお天気だったのに・・・・)
これは降ってくるかもしれないと思ったおいねは、急ぎ足に道浄橋を渡りきったときについに大粒の雨が落ちて来はじめた。その雨に叩かれつつ、おいねが走って帰りの道を急いでいると、そばにある一目でそれとわかる空家から
「これは、木戸屋のおいねさんではありませんか。さあさ。こちらへ来て雨宿りをして行きなさいな」
と声をかけてきた者がいる。いつも小間物の行商で店へやってくる房吉であった。かねてから房吉に好意を持っていたおいねは、何の疑いを持つこともなくその誘いを受ける。
「なに。雨足こそ強いが、ほんの通り雨だろうから、ちょっとここで休んで行くといい」
言うや、あっという間もなく男はおいねの唇に吸い付き、そのような経験のないおいねの目がくらんで、小刻みに震えだすと、房吉は瞬く間においねの襟もとを押し広げてしまった。
叩きつける外の雨音など一切気にせずに、房吉はやることをやってしまうと
「私は今はこうして行商をしているが、上方にはちゃんと店を持っているのだ。今は弟が切り回してくれているが、その弟も知りあいの茶屋へ来月に婿に行くことが決まっている。そこで私は店に戻ることになるが、こうなったからには、責任はきっと取らせてもらいますよ」
房吉のこの言葉に感激したおいねはそれ以来、小用で店を出るときは、かならずこうして房吉と忍び逢うようになったのだ。
一
与木作左衛門が、寝ぐらのある霊岸島にたどりつく頃には、夕日ははや西に傾いていた。昼間のまぶしいほどの日差しは既になりを潜め、どこかしら冷たいような空気が一条ただよっているように思われる。もう夏も終わりが近いのかもしれなかった。
「三月か・・・今にして思えばあっという間だったな」
一人心地でそうつぶやきながら、作左衛門は先日までの仕事の事を思い返していた。
浪人暮らしも二年目を迎えた作左衛門は、懐が寂しくなると橋本町にある口入屋『房州屋』から仕事をもらっている。
口入屋とは、現在における派遣会社のようなもので、例えば河川の護岸工事のために人足が必要になったり、店舗で下働きをする人間が必要になった時などは、工事の請負をした者や店舗などが人材を探していることを口入屋に届けておく。そして、職を求めるものは口入屋に出向き、その仕事を斡旋してもらうのである。
房州屋は江戸市中においても大きい方の店ではないが、それでもしばしば諸藩の下屋敷から中間の斡旋を頼まれたり、必要とあらば用心棒の斡旋もする。そういう店であった。
江戸に出てしばらくは、手元にあった金でなんとか過ごすことのできた作左衛門であったが、それも間もなく底をついた。そこで、現在住んでいる長屋の大家の紹介で房州屋から仕事をもらうようになったのである。
房州屋から斡旋される仕事は、そこはそれ小さな口入屋であるから、あまり良い仕事ばかりではなかった。作左衛門が房州屋から最初に斡旋された仕事は、今も忘れはしない。それは、江戸市中から集まった糞尿を、しかるべき場所に運ぶ荷車の後押しだった。
夏の暑い時期で、体をおおいに使う仕事な上、かなりの悪臭だ。おまけに、移動の最中は糞尿が入った樽が荷車から転げ落ちようものなら・・・・・
一瞬たりとも気を抜くことができない仕事だった。
さらに、道中では好奇と侮蔑の混じった人々の視線と、面白半分でからかいに来る子供にうんざりさせられる事になる。
(これなら、普請手伝いの人足の方がよほどましだったかもしれん・・・・・)
そう何度も思ったものだ。作左衛門はそこで、初めて浪人として江戸市中で暮らしていく事の辛さと難しさを、思い知らされたのである。
しかし、今回はそれと違ってかなり良かった。というのは、仕事の内容は一応用心棒ではあったが、勤めの間は何も難しいことも危険なこともなかったのだ。
日本橋に店を構える木綿問屋・今田屋から房州屋へ出された斡旋の依頼は、巣鴨にある別宅の警護であった。
なんでも、店の隠居の瀬兵衛は夏の暑い時期を巣鴨の隠宅で過ごすのが常なのだそうだ。ところが、最近は江戸郊外にある商家の隠宅を狙った強盗が頻発しているのだという。
北・南両町奉行所や火付盗賊改方でも昼夜を問わずに探索してはいるが、未だ盗賊の手がかりの端緒をもつかむことができぬ。そんな中で例年通りに隠居を隠宅へと向かわせるのは物騒だということで、房州屋に用心棒の依頼を出していたのだ。
今田屋は店構えこそ決して大きくないものの、時の老中松平定信による寛政の改革によって質素倹約が奨励される昨今においては、呉服を商う店よりも繁盛しており、それだけに店舗自体にも常駐の用心棒を雇っている。しかし、季節の限られた隠宅の使用についてはそこまでの用心はしていなかったという。
だが、今年に入ってからの盗賊の跳梁を見て、父親思いの当代・今田屋伊助がどうしても心配だということで用心棒をつける事になったのだ。この仕事はまさに、無外流の免許皆伝の腕前を持つ作左衛門にはうってつけと言えた。
こうして、夏の入りとなる水無月の始めからこの月の中旬までを、作左衛門は隠居の瀬兵衛と女中、そして下働きの老人の四人で巣鴨で暮らしていたのである。
この生活はかなり快適なものとなった。
客として招かれたわけではないため、与えられた居室の掃除は自分でしなければならなかったが、時分になれば年増女中のおさわが作った食事を皆で食べるし、毎日下働きの弥蔵が湯を沸かす。
一応は用心棒としてここに来ているため、夜は警戒を怠るわけにはいかないが、昼間は与えられた部屋でごろごろとしていても誰も咎めはしない。
また、隠居の瀬兵衛も良い人で、本人も暇になると
「どうです先生。年寄りの昔語りでも聞いてくださいませんか」
と言って部屋を訪ねてくる。
こうして作左衛門は、瀬兵衛の昔話の相手をしたり、共通の趣味でもある碁を打ったりしながら、楽しく過ごす事ができたのだ。
食卓では、やはり主従の関係があるため言葉遣いに違いはあるものの、おさわや弥蔵も瀬兵衛に対する接し方は気心の知れた者同士の親しさがにじみ出ている。また、浪人とはいえ一応は武家である作左衛門に対しても、三人とも妙にへりくだらず、また逆に威張ることもなく接してくれた。とても人の練れた人々だった。この居心地の良さから、作左衛門はこの仕事がいつまでも続けば良いものを、と何度も思ったものである。
結局、作左衛門が詰めている間は何も起きず、勤めは今日の昼間に三人を今田屋へ送り届けたことで終了した。今田屋でもまた、三月にもわたって隠居を警護した作左衛門をねぎらってくれ、夕餉と酒を馳走になり、さらに決まっていた手当てに二分も上乗せしてくれたのだ。
(これで、しばらくは楽ができるな。)
そう思いながら作左衛門は自分の長屋の、空になった米びつや味噌入れの事を思いだした。それらを買い入れても、まだ二月はゆっくりしていれるだろう。
おまけに、今田屋を辞する時、瀬兵衛が
「先生。もし先生がよろしければ、またここへ来て、わたしの碁の相手をしてくださいませんか」
と声をかけてくれた。
瀬兵衛の碁の腕は、それなりに自信のあった作左衛門のそれと同程度である。時には自分が勝ち、時には負けるそのやり取りが、老齢の瀬兵衛には楽しかったのだろう。
聞けば、同業の親しい隠居達の中には碁を打つものがなく、瀬兵衛は一人寂しそうに碁盤に向かう事も少なくなかったそうだ。同じような腕前の碁敵ができたのが、瀬兵衛には嬉しかったに違いない。そしてそれは、作左衛門にしても同じことであった。
「ご隠居。必ず寄せてもらいますぞ。その時はまた、おさわの作った煮物でも馳走になりたいものじゃな」
などと軽口をたたいたものだ。
白い霧とも靄ともつかぬものが漂う町並みを歩きながら、なつかしい狭いあばら屋へ戻る足取りは、あまり軽いものとは言えなかった。食うに困らない楽な暮らしを三月もしたあと、自分の普段の暮らしに戻らねばならぬとあっては、作左衛門でなくとも心が少し沈むというものだ。
手当ては十分に貰ってはいても、明日からの生活は全ての事を自分でしなければならないと思うと、元来ものぐさな気質もあって気がめいってくる。ひとかどの侍であれば使用人も雇うこともできようが、今の作左衛門はしがない浪人に過ぎないのだ。
一応このあと、房州屋へ仕事が終了した旨を伝えに行かねばならないが、それは明日でも良かろうと考えながら越中殿橋のそばを通りがかった時だ。
(・・・・?)
一人の男が、今まさにその越中殿橋をこちらに渡ってくるのが作左衛門の目にとまった。
いや、夕暮れどきにこちらから日本橋の方へ進むその男の行動がどうというわけでもないし、もちろん見知った男というわけでもない。しかし作左衛門の目には、いささかこの男が奇異に見えたのだ。
細身の、というよりはやや骨張ったような体つきのその男は、一見するとどこぞの店の手代か、小間物を商う小さな商舗の主人のようにも見える。だが、ともかく作左衛門の目は、見かけは地味な身なりながら、どこか世俗の男とは違う気配を携えたその男の『におい』を見逃さなかったのである。
男がほんの一瞬、こちらを見たその目の色が、なんとも作左衛門には気に入らなかったというか、引っ掛かったということなのだろうか。それは、町人の姿をしながら、武家のような上品さを感じる顔貌から来るものかもしれなかった。あるいは、目の奥に宿る、どこか陰うつな光を感じ取ったものかもしれなかった。
ともかく、直感的に
(何やら怪しげな・・・・・・・)
と感じた作左衛門は、帰宅するのをやめてこの男を尾行してみることにした。というのも、日ごろはうだつの上がらない浪人として日々を過ごしている作左衛門は、実は火付盗賊改方の密偵をつとめてもい、過去にもこう何となく怪しいと思った男を尾行することによって、盗賊の尻尾をつかんだ事があるのだ。
一時期、盗賊の世界に身を置いたこともある作左衛門は、江戸に来る少し前に盗賊界から足を洗い、わずかに残った金を持って江戸へと出てきた。
そのまま暫くは、件の房州屋からの仕事の斡旋を受けて食いつないできたが、一昨年の冬にあったある事件がきっかけで、時の火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵の既知を得るにいたり、以降は遊軍の密偵として火盗改のために働いているのだ。
遊軍である以上、他の密偵ほど仕事に対してとやかくは言われぬが、大きな事件にもなるとそうも言ってはいられなくもなるし、また剣術の腕も立つ作左衛門は、捕物の現場においても大いに重宝された。
最近では、その探索ぶりや変装なども、火盗改の与力・同心たちが
「なかなかどうして、堂に入ってございます」
と、長谷川平蔵へ告げることもあるそうだ。
さて。男の尾行を開始した作左衛門だが、この尾行はなかなかに骨が折れた。
まず、尾行というのは一人では難しいものなのだ。
例えば、相手がもし別の人間と会ったりする場合、その二人が別々の道に進んだ場合は、どちらを尾行すべきかを考えねばならぬ。また、尾行の時間が長くなりそうな時などは、一人が尾行を続け、もう一人が役宅や密偵の仲間に連絡を取るのが最良なのである。
今回の場合、あくまでも作左衛門の勘から出たことなので、後者については埒外ではあるが、前者については大いに可能性があった。
この男が作左衛門の尾行に気がついたわけではないと思われたが、どうもその歩き方や様子はまさに尾行を警戒してのものと見てよかった。
男は、用事もないのに広い日本橋界隈をうろうろと歩き回り、その後神田へと進んでいった。つまり、作左衛門にとっては再び神田へ逆戻りをした格好になる。
そうかと思えば、男は日本橋の北詰へと戻ってきた。そして、西へと進路を取ると荒布橋を渡って、今度は北へと向かっていった。
しばらくその辺りをぐるぐると回った後、男は小舟町にある相模屋という船宿へと入っていった。
そのころの江戸は、現在の隅田川をはじめ、いくつもの川が縦横に交わっており、川を渡る船は江戸市中における重要な交通の手段であった。そして、船宿はその船と船頭をかかえ、かつ酒も出し料理も出す。小奇麗な部屋もあり、男女の密会などにも万事に都合が良かったのだ。
男に続いて船宿へ入ってもよかったが、あせって事をし損じてもまずいと考えた作左衛門は、道沿いに葦簀張りの店を出している蕎麦屋へ入り、蕎麦と酒を注文しておいてからそれとなく船宿を見張った。
およそ一刻ほど見張っていると、件の男が出てきた。男の後に他に客が入った様子はないので、人と会ったのであれば相手は既に店に入っていたということなのだろう。さすがにどの客が相手だったのかは分からないので、作左衛門はそのまま男を尾行することにした。
男は、店に入る前とは違って、実にはがゆいほどの足取りで、ゆるゆると北へと歩いて行った。そして、神田をまっすぐに通り抜けて昌平橋を渡り、下谷広小路にある旅籠・井関屋へと入っていった。
最初に男から受けた印象からはほど遠い、実にはつらつとした声で
「ただいま戻りましたよ」
と男が言っているのを作左衛門は耳にしている。
宿の女中が、帰ってきた男に
「あら、お客様。お帰りなさいませ」
と言っているのを聞きながら、作左衛門は井関屋の前をゆっくりと通り過ぎた。
(はて・・・・・俺の思い違いだったか・・・・・)
男の声音からは、裏世界にすむ闇の住人が影のように背負う、一種独特の暗さや重さは感じられなかった。しかし、最初に見かけた時のあの妙な
(じりじりと身内を焼かれるような・・・・・)
感覚は間違い無いはずだ。
とにかく作左衛門は、男を越中殿橋で見かけ、日本橋界隈を歩き回り、小舟町の船宿に入った事と、その足で下谷広小路の井関屋へ、おそらく客として入っていった事を覚えておくことにした。男の人相や風体については言うまでもない。