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日本を代表するスペシャリティカーとして1970年に誕生したセリカ。個性的かつ特徴的なデザインと、スポーティな走りを両立させてきたのが、36年におよぶセリカの歴史である。70年代から80年代にかけて一世を風靡したセリカも、クーペボディが好まれない時代の流れには逆らえず、残念ながら生産打ち切りとなるが、それを惜しむ声はたくさん聞こえてきている。
 ふたたび、若いユーザーのハートをとらえるスポーティで流麗なスタイルをもつクルマは登場するのか…?
時代とともに変貌を遂げてきた歴代セリカの魅力を紹介!


ダルマ・セリカと呼ばれた初代モデルがデビューしたのは1970年12月。丸みを帯びたグラマラスなボディからダルマのニックネームがついた。いわゆるスペシャリティカーの走りとなったモデルであり、アメリカではセクレタリーカー(※働く女性が乗るクルマ)として若い女性ユーザーの比率が高かったクルマだ。
 この初代モデルの特徴は、フルチョイスシステムと呼ばれ、ユーザーがいろいろな仕様を自由に選べる仕組みが採用されたことが挙げられる。当初は、クーペだけの設定だったが、後にLB(リフトバック)と呼ぶハッチバッククーペ車が追加。クーペでは1.6リッターの2T-G型エンジンの搭載車が人気を集めた、一方でLBは、18R-G型の2.0リッター車が人気となった

初代モデルが登場した1年半後、72年8月のフェイスリフト(大掛かりなマイナーチェンジ)に合わせて、1600GTをよりヘビーデューティな仕様としたが追加され、翌73年の4月には、テールゲートを備えた(リフトバック)も登場。同時に2L直4のツインカム(18R-G)/シングルカム(18R)がエンジンのラインナップに加えられている。


1977年にデビューした2代目セリカでは一段と特徴的なデザインが採用された。このモデルに限らず、セリカは一貫してトヨタがデザイン的なチャレンジをするクルマとして位置づけられており、各モデルがそれぞれに特徴的なデザインを採用してきた。歴代セリカの中には、デザインが進みすぎたために受け入れられなかったものもあるが、進んだデザインであることは評価されるべきことだった。
単純にスタイリッシュだった初代に比べて抑揚の利いたグラマラスなエクステリアには賛否両論が集まった。
 2代目モデルでは、昭和53年排気ガス規制への適合を図るとともに、リヤスタビライザー、4輪ディスクブレーキ、ウレタンバンパーなどの新技術を採用。ボディはクーペとLBのほかに6気筒エンジンを搭載するLBの上級シリーズとしてXXが設定された。
1981年からの3代目は、一転してシャープなラインで構成される外観デザインに変わった。ヘッドライトを格納式にしたのも注目される点だ。2代目まではセダンのカリーナ、クーペのセリカという形で作られてきたが、3代目モデルではセリカが独立する形をとる。
 ボディはクーペ、LB、XXで変わらない。XXは、このモデルまで2世代続いた後、1986年からセリカとは別の道を歩みだし、ソアラの姉妹車としてスープラに進化していく。3代目セリカでは“鬼に金棒、ツインカムにターボ”のキャッチフレーズで、1.8リッターのDOHCターボが搭載された。また、1.6リッターエンジンが2T-G型から4バルブの4A-G型に変わったのもこのモデルの途中からだった。
スタイリングは再び直線的な面とラインで構成されたものとなり、セリカとXXの差別化も一層明確になった。エンジンは、引き続き2T系と18R系が主流だったが、1.8L直4シングルカムの1S系がラインナップに加わった
1985年にデビューした4代目セリカは印象的なデザインで注目を集めた。流面形と呼ばれた流れるようなデザインは、当時、際立って格好良く話題に。この世代のモデルはセリカ/カリーナED/コロナクーペの3姉妹車として開発され、プラットホームを一新して駆動方式もFRからFFに変わっている。
 この世代のセリカは、トヨタ初のベベルギアタイプのセンターデフ式フルタイム4WDを設定するなど、意欲的なクルマ作りがなされた。搭載エンジンも直列4気筒2.0リッターDOHCにインタークーラー付きターボを装着した。アメリカに送ってクーペボディを切り、オープンカーとして逆輸入したコンバーチブルが設定されたのも注目される点だ。
映画「私をスキーに連れて行って」でゲレンデを走った姿が衝撃的であった。
1989年からの5代目モデルは、引き続き格納式ヘッドライトを採用したものの、当時としては思い切って丸みを帯びたデザインのクーペボディが採用された。WRCラリーで活躍を始めたのがこの世代で、特別仕様車のGT-FOUR RCが限定販売されるなどした。このモデルからGT-FOUR用のDOHCターボのエンジンは、ツインエントリー・セラミックターボの採用や無鉛プレミアムガソリン仕様化によって225psへと大幅なパワーアップが図られた。
WRCでは日本車で初の年間チャンピオンカーとなり
トヨタセリカの名を世界に知らしめたもでるでもある。
 また、4代目モデルに続いてコンバーチブルも設定。このモデルも4代目モデルと同様に3姉妹車として作られ、クーペから4ドアハードトップに変わってEXiVの名前が付けられたコロナEXiV/カリーナEDとの3姉妹車構成とされていた
1993年からの6代目モデルは、さらに丸いデザインに変わり、ヘッドライトも丸型4灯式の印象的なものに変わった。コロナEXiV/カリーナEDと3姉妹車を構成する点は変わらないが、後にビスタ店用の新しい姉妹車として異なるデザインのクーペボディを持つカレンが作られる。
 ボディサイズは、全幅が1700mmを超えたことで、ほかの姉妹車と合わせ、いずれも3ナンバー車に。ボディの大型化の流れの中にあったモデルだった。大型のリヤスポイラーを装着したGT-FOUR WRCを限定販売するなど、スポーツイメージもより高められたのも特徴。搭載されているエンジン3S−GTEはセリカ史上最強の250馬力で先代に続いてWRCで勝つ為に作られたが・・・
アメリカでボディを改造した仕様のコンバーチブルも、3世代続けて設定されている。 3代続いたリトラクタブルヘッドライトを廃止し、2灯式ヘッドライトと補助ランプを独立。一見4灯式に見えるデザインが目新しかった。後にオープンモデルのコンバーチブルもラインナップした。エンジンは2タイプの3S系を用意。
7代目モデルは1999年に発売。拡大化していたボディサイズをやや縮小したのは見逃せないポイント。3ナンバー車であることは変わらないが、ホイールベースを延長しながら全長を短く切り詰めるなど、引き締まった感じのクルマに仕上げられた。
 外観デザインは、相変わらず特徴的。切れ長のヘッドライトなど、際立って個性的でスポーティなデザインが採用された。WRCラリーへの参戦を休止したことなどもあり、搭載エンジンは、1.8リッターの自然吸気DOHCのみに絞られた。
そして最後のモデルチェンジを受け、セリカは最終モデルに移行した。この世代で最大のトピックは、GT-Fourがラインナップから消えたこと。再度前輪駆動の専用設計となり、コンセプト的にもライトウェイト性が強調された。実際、先代モデルに比べ60〜90kgほど軽量化が進められたがいずれにしても2ドアクーペ/3ドアハッチバッククーペの国内市場における人気は凋落(ちょうらく)してしまい、2006年の4月限りで生産中止となり、70年の初代モデル以来30年余り続いてきたシリーズも終焉の時を迎えた。