磁気コンパスの自差修正はどのようにするのでしょうか。一般に磁気コンパスは船橋の上のコンパス・デッキに装備され、これには「自差修正装置」が取付けられています。
船は鉄や鋼材などの磁性体で作られており、また近くには、各種計器類や、その電気配線など、磁気に影響するものが数多くあり、磁気コンパス付近の磁力線の方向は歪められており、コンパスの「北」は正しく磁北を指しません。この「コンパスの北」と「磁北」の方向の水平偏角を「自差( Deviation ) 」と言います。この自差を消去することを「自差修正」と言います。
自差修正を行う必要性と、その利点は以下のようなものです。
1、コンパスで変針するとき、自差が多い状態では新旧針路の自差の変化も大きくなり、コンパス・カードによる変針角と所要の変針角との間にも大きな誤差が生じてしまいますが、修正を行えばカードの変針角は略所要の変針角と一致します。
2、自差が少ないときは針路改正を誤ったとしても実害が少なく、また、短い距離ならば針路改正を行わなくとも実用上差支えありません。
3、交叉方位などの船位測定において、方位の改正を行わなくても概位が得られます。
上左側の写真は船橋上部のコンパス・デッキに装備された「反射式磁気コンパス」で、右側の写真は、そのコンパスの示度を船橋の操舵スタンドから覗いているものです。
上左側の写真はコンパス・バウルです。中央に黒く丸いものが取付けられていますが、これは磁力線を検知する「センサー」です。このセンサーで検知した「磁力線信号」を操舵スタンドに送りジャイロ・コンパスと磁気コンパスの入力切換えにより、磁気コンパスによる自動操舵ができるようになっています。また、ジャイロ・コンパスの故障などにより磁気コンパスとの示度に設定以上の差を生じた場合は警報が鳴るようにもなっています。
右側の写真は、コンパス・キャップで、これを被せることにより操舵スタンドからカードの度数が見れるように照明灯が付いています。
磁気コンパスの自差は、各種船体構成材が帯びた磁力によってコンパス付近の地磁気水平力が乱されて発生するものですから、この船体構成材による磁力を自差修正具の磁力によって相殺すれば自差を取除くことができます。これを「自差修正」と言います。
磁力を帯びる船体構成材には色々ありますが、船体建造中、長期間同一方向に据えられて衝撃や振動、電磁気の影響を受けた鋼鉄部分は地磁気の感応を受けて永久磁力を帯びることになります。
この場合、水平な構成材は地磁気水平力を、垂直な構成材は地磁気垂直力を感応することになりますが、船全体としての磁気分布は建造地の地磁気の方向で考えることができます。
船体構成材の内、垂直な軟鉄材、例えば、マスト、煙突、肋骨、デリックポスト、その他の垂直材は地磁気垂直力を感応します。この感応磁気は、北半球では上端に青極を下端に赤極を生じ、南半球ではその反対になります。磁気赤道では地磁気垂直力がないため感応磁気はありません。
水平な軟鉄材は地磁気水平力を感応します。この水平力の方向は北緯、南緯、磁気赤道上、全ての地点(地磁極を除く)において北向きのため、北端に赤極を、南端に青極を生じ東西向きの軟鉄材は感応しません。
軟鉄材の感応磁気は鋼鉄材のように永久磁力とはならず、船首方位の変化によって、同一軟鉄材の一端が北側や南側になったり、東西向きになったりするため、その端の赤極、青極が変化したりあるいは磁気が無くなったりします。
このように船体は永久磁力を帯びた鋼鉄材や、その時々の船首方位によって磁気を感応したり磁気を消滅したりする軟鉄材で構成されていますが、これらは船首尾方向に対して色々な向きで組立てられています。例えば水平に縦走するものや横走するもの斜走するものや垂直なものなどです。
自差係数による自差修正法
自差修正は、船体構成材が感応した永久磁力や感応磁力によって発生した自差を解折し、その原因別に分解して、夫々の係数を知り、係数別に、即ち、原因別に自差を修正するものです。
自 差 係 数
係数 原 因 符号(+) 符号(ー)
A 不易差:羅針儀の器差、観測上の誤差、偏差の誤り、羅針儀付近の水平軟鉄の配列の不斉一 ・・・ ・・・
B 船体永久磁気及び垂直軟鉄の感応磁気より生ずる影響の船首尾線方向の成分 羅針の北端を船首に引く 羅針の北端を船尾に引く
C 船体永久磁気(及び垂直軟鉄の感応磁気)の横方向成分 羅針の北端を右舷に引く 羅針の北端を左舷に引く
D 船体縦走及び横走水平軟鉄の感応磁気 横 走 軟 鉄 縦 走 軟 鉄
E 船体斜走水平軟鉄の感応磁気 右後より左前に走るもの 右前より左後に走るもの
注:係数Aと係数Eによる自差は微小のため修正は行わず自差として残すのが普通です。
自差係数を用いる利点は
1、自差を解折して、その原因別に分解したものが係数ですから、自差の構成が良く解って大量の自差発生の防止を図ることができます。
2、係数別に、即ち原因別に自差を修正するので修正の精度が極めて良くなります。
3、任意の船首方位の自差を係数を用いて計算することができます。
4、船の位置の地理的変化による自差の変化を係数計算によって予測することができます。
自差修正法には「磁針方位法(直接修正法)」と「偏針儀法(間接修正法)」がありますが、通常の自差修正は「磁針方位法(直接修正法)」で行われています。
「磁針方位法」は修正しようとする係数による自差が最大の磁針方位に船首方位を保って、そのとき生じている、その係数の自差を修正具の磁気で直接に相殺する方法です。
この方法は、その後船首方位が変っても係数の磁気と、これに対する反符号の修正具の磁気が同じ割合で変化するので常に互いに相殺されて自差を生ずることがありません。
自差測定に際しては通常、ジャイロ・コンパスと磁気コンパスの示度を比較して測定しますが、ジャイロ・コンパスを装備していない船では著明な陸上物標の重視線と比較して測定します。
自差修正前の準備
1、コンパス付近を航海状態に片付けておくこと。
2、クレーンやデリックなどの移動物は全て航海状態とし、航行中常時使用する電気計器は作動させ、不定時に使用するものは停止させておくこと。
3、旋回余地が十分あり、顕著な方位目標物が得られ、地方磁気がない場所を選定すること。
4、傾船差をあらかじめ修正しておき、自差修正後に再び修正すること。
5、残留磁気による俄氏差が自差に侵入することを防止するため、修正前に船を左右各一回旋回しておくこと。
上左側の写真は「傾針儀」です。これは地磁気磁力線の「傾差(Dip)」を測定するものです。船体構成材は地磁気磁力線に傾差があるため地磁気垂直力を感応し、船が傾斜すると、この垂直力から新たに水平力を生じて自差が発生します。これを「傾船差」と言います。傾船差があると船体が傾斜している時だけでなく、横揺れしている時はコンパス・カードが左右に振れ回ります。
右側の写真は傾針儀を使用して「傾船差」を修正中のものです。
傾船差の修正
陸上の地方磁気や振動のない場所を選び傾針儀を磁北と磁南の向きに合わせて吊り下げると傾針儀の目盛盤が回転し指針が目盛盤のある度数を指します。その度数を読取り陸上器目とします。
船を磁針方位、東または西に保ちながらコンパス・バウルを取外し、写真のように傾針儀を羅針位置に吊り下げ、磁北・磁南に向けておき、陸上で測定した器目になるように傾船差修正磁桿を傾船差修正筒の中で上下に移動して修正します。
傾船差の生じる原因には垂直軟鉄の感応磁気も含まれるので、ある地点で傾船差を修正しても船の地理的変化で地磁気垂直力が変化すると新たに傾船差が生じます。
係数Bの修正
係数Bは「船体永久磁気」によるものと「垂直軟鉄の感応磁気」によるものとがあります。船体永久磁気の修正には「縦置磁桿」を使用し、垂直軟鉄の感応磁気には「フリンダース・バー」を使用して修正します。船首方位は磁東または磁西に保って行います。
1、もし船が磁気赤道上に居たとすれば垂直軟鉄は感応しませんので、係数Bによる自差は船体永久磁気によるものですから全量を修正しておき、その後、磁気赤道以外の地において係数Bの自差を測定し、自差があれば、これは垂直軟鉄の感応磁気によるものですからフリンダース・バーで修正すれば係数Bを修正したことになります。
2、しかし、磁気赤道以外の地においては、船体永久磁気によるものと垂直軟鉄の感応磁気によるものとが混在しています。従って、船体永久磁気によるもの(B1)と垂直軟鉄の感応磁気によるもの(B2)とを分解し、夫々を修正しなければなりません。
3、船が建造された時の船首方位(θ)が解っていれば、係数Cには垂直軟鉄の感応磁気は殆ど含まれておりませんので全量を船体永久磁気によるものとみなせば B1= 係数Cx Cot θ ですから B2= 係数Bの全量ーB1 となります。従って、係数CからB1を求め、これを縦置磁桿で修正し、残りの度数をフリンダース・バーで修正します。
例えば、船の建造方位をN60Wとして、係数B= - 5°係数C= -7°とします。
B1= 係数Cx Cot θ=420′x Cot 60°=420′x 0.58=244′=4°
B2= B−B1= (-5) - (- 4)= - 5 + 4= -1°(北向き建造船は -B1となります。)
故に、垂直軟鉄より生ずる係数B2は -1°です。
係数Bの修正を磁東または磁西に向けて行った後、その反方位の磁西または磁東に向けて自差を測定し、その自差の半量を縦置磁桿で修正します。(全量・半量修正)
係数Cの修正
係数Cは「船体永久磁気」によるものと「垂直軟鉄の感応磁気」によるものとがありますが一般商船においては垂直軟鉄の感応磁気によるものは微小なため全量を船体永久磁気によるものとして「横置磁桿」を使用して修正します。船首方位は磁北または磁南に保って行います。
係数Cの修正を磁北または磁南に向けて行った後、その反方位の磁南または磁北に向けて自差を測定し、その自差の半量を横置磁桿で修正します。(全量・半量修正)
係数Dの修正
係数Dは「水平縦走軟鉄の感応磁気」と「水平横走軟鉄の感応磁気」により生ずるもので磁針方位が北東、南東、南西、北西の四隅点で最大値となるため象限差とも言います。
一般商船においてはコンパス付近の水平横走軟鉄の影響が強いため「+D」となっているのが普通で、このため修正装置もコンパスの両横に付けられています。この修正にはパーマロイ板または軟鉄球を使用し、船首方位を磁北東や磁南東などの四隅点の一つに保って行います。
係数Dの修正を磁北東または磁南東に向けて行った後、隣の隅点の磁北西または磁南西に向けて自差を測定し、その自差の半量をパーマロイ板または軟鉄球で修正します。(全量・半量修正)
修正後の検正
1、8主要点の残存自差を測定して、全体として自差が大きいときは全部の修正を繰り返します。
2、一部の自差のみが大きいときは新係数のうち大きなものの修正を行います。
3、東と西の自差が特に大きいときは係数Bが大きく、北と南が特に大きいときはCが大きい。また、隅点自差が大きいときは係数Dが大きいことになります。これらの自差を修正したのち再び8主要点の残存自差を測定して自差曲線図を作成し、これを針路改正時に使用します。
(註)船では、一年に一度の自差測定の実施が義務付けられています。また、自差修正には高度な技術と熟練が必要とされるため資格認定制度があり、認定資格者を「コンパスアジャスタ」と言います。 「JCAA 日本コンパスアジャスタ協会」のホームページはこちら
上左側の写真は「フリンダース・バー(Flinders Bar)」です。これは永久磁石ではなく軟鉄棒です。長いものや短いものがありますが、これらの内で適当なものを組合わせて係数Bの垂直軟鉄の感応磁気を修正します。フリンダースとはイギリス海軍探検艦インヴェステイゲーター号の艦長の名前です。詳しくは 「フリンダースの棒」のホームページをご覧下さい。
右側の写真は修正磁桿挿入孔の目盛カバーです。自差修正が終了した後、このカバーを取付け、修正磁桿を挿入した場所の目盛を記録しておきます。
自差に対する注意
1、地理上の位置の変化により自差が変化します。2、日時の経過により自差が変化します。3、落雷あるいは磁気嵐により自差が変化します。4、鉄類の積荷により自差が変化します。
磁気コンパスの重要性
近年ジャイロ・コンパスの性能が向上し故障は少なくなりましたが、しかし、絶対に故障しないというものではありません。故障した場合はもちろん、船内の電源に異常が生じた場合、頼れるのは磁気コンパスだけです。各国の有識者により磁気コンパスの必要性が指摘され、1974年にSOLAS条約が改正され、磁気コンパスの搭載要件や、その性能基準が定められました。わが国でも船舶設備規程の改正が行われ、磁気コンパスは法定備品となっています。
磁気コンパスがあれば、ジャイロ・コンパスや電源が故障した場合でも航海の継続は可能です。また、ジャイロ・コンパスやオート・パイロットの使用中でも時々磁気コンパスの指度をチェックすることにより、ジャイロ・コンパスの異常を知ることができます。