船で使う言葉にはどのようなものがあるのでしょうか

 船で使う言葉にはどのようなものがあるのでしょうか。船で使う言葉には「航海術用語」や「運
用術用語」または、船員同士が会話で使う言葉など、特殊な言葉が色々あります。ここでは、この
ような言葉を思いつく度に書き加えていきたいと思います。順序はバラバラです。悪しからず。

 航 海 用 語 

海 里 (Nautical mile) ----- 1-1
 海上での距離は「海里」または「マイル」と言う言葉で表します。1海里は緯度で1分の距離に
なります。船は海図上で船位を確認しながら航海しますので、海図上での距離を測る時に、海図の
左右に描かれている緯度尺で測るのが便利なためにこの単位が使用されています。ちなみに1海里
は約1852メートルです。

ノ ッ ト (Knot) ----- 1-2
 船の速さ(時速)は「ノット」と言う言葉で表します。1時間に1海里走る速さを1ノットと言
います。船では速さを速度とは言わず「速力」と言います。最近のコンテナー船などはスピードア
ップされ、速力30ノットも出せる船があると聞きます。30ノットを車の様にキロメートルに換
算すると、時速 55.6 キロになります。本来ノットとはロープの縛りコブの事です。速力計のない
時代にはロープに目印として一定間隔のノット付け、砂時計で時間を測り、船外に繰り出たノット
の数で速力を測りました。ここから、速力の事を「ノット」と言う様になりました。

ロ グ (Log) ----- 1-3
 船では速力計のことを「ログ」と言います。本来、ログとはログ・ハウスのように「丸太」のこ
とです。それではなぜ、速力計のことを「ログ」と言う様になったのでしょうか。いまだ航海計器
が発達していなかった時代、船の速力を測る一番簡単な方法は、船首から海面に丸太を投じ、それ
が船尾に流れて来るまでの時間を測定し、船の長さとこの時間によって速力を計算するというもの
でした。帆船時代には正確な航走距離を知る為に、風向や風速が変化する度にログを海に投じて速
力を計測しながら航海したのでしょう。そのなごりで、現在でも速力計の事を「ログ」と言います
船では航海中、毎時間の針路、速力、航走距離、天候、その他を日誌に記録しながら航海しますが
この日誌を航海日誌と言い、英語ではLog Bookと言います。 甲板部の日誌をデッキ・ログ・ブッ
ク、機関部の日誌をエンジン・ログ・ブックと言います。因みに、航空日誌もログ・ブックと言う
そうですし、陸上の各種業務日誌もログ・ブックと言うそうです。また、ログと言う言葉はパソコ
ンなどでも「記録する」と言う意味に使われています。

偏 差(Variation) ----- 1-4
 磁気子午線と真子午線とのなす角をその地の「偏差」と言います。地球自転軸の極、即ち、真の
北極と南極を結ぶ地球表面上の線を真子午線と言います。
また、地球は大きな一つの磁石(磁性体)であり、その磁
極、即ち、磁北と磁南を結ぶ地球表面上の線を磁気子午線
と言います。地球は構成物質の分布が一様でないため、磁
極は少しずつ移動しており、その位置は真の北極と南極か
ら僅かに離れた場所にあります。従って、偏差は地球上の
位置によって相違し、同一場所でも日時の経過によって少
しずつ変化しています。偏差の値は「偏差図」で知る事が
できますが、一般の海図の「コンパス図」を見れば分かり
ます。磁北が真北の右に偏しているのを「偏東偏差」、左
に偏しているものを「偏西偏差」と言います。もしも、狂
いが全く無い磁気コンパスであれば、その北は磁北を指す
事になります。左の写真は海図の「コンパス図」です。日
本付近では約7度の偏西偏差があります。

自 差(Deviation) ----- 1-5
 磁気コンパスの「南北線」と「磁気子午線」とのなす水平角を「自差」と言います。船内にある
磁気コンパスの自差は、船体構造物の感応磁気やコンパス付近の航海計器、電気配線、その他の鉄
器類により磁力線が乱される事により生じます。また、これらのものの位置関係によって自差は変
化しますので、船首方位を変えると自差もまた変化します。さらに、据付け場所を変えたり、年月
の経過によっても変化します。下のイメージ画は船首方位の変化によって自差が変化する様子を表
したものです。船体中央にコンパス・カードを拡大して描いてあります。
地磁気の磁力線は磁南(+)から出て磁北(ー)に入ります。また、磁石は(+)と(ー)極は引
き寄せ合い、(+)と(+)極、または(ー)と(ー)極は反発し合います。従って、コンパスの
南は青極(ー)で磁南(+)に向き、北は赤極(+)で磁北(ー)を向くことになります。
ここでイメージ画のように船体感応磁気がコンパスの
据付け位置より船首側が青極(ー)で、船尾側が赤極
(+)の船だとします。船首方位が北の時はコンパス
の指北力は強く自差はありませんが船首方位が北東で
はコンパスの北が船首の感応磁気に引かれ約15度の
偏東自差が発生しています。船首方位が東では感応磁
気はもっと強く作用し約30度の偏東自差が発生して
います。このように船首方位が変われば自差は変化し
ます。また、船首方位が南東、南、南西付近では船体
感応磁気とコンパスの南北の磁針は反発し合いますの
で指北力が弱まり、船体の動揺でコンパスがふらふら
と左右に振れることがあります。自差が大きいと航海
上危険ですので磁気コンパスには自差修正装置があり
一年に一度自差修正を行うことになっています。
自差修正装置は 「磁気コンパスの小部屋」の写真を見
て下さい。
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 運 用 用 語 

面 舵(おもかじ)・取 舵(とりかじ) ----- 2-1
操舵号令として、右に舵を取ることを「面舵」と言い、左に舵を取ることを「取舵」と言います。
日本では昔、方向を表す言葉として十二支が使われました。東西南北の場合では、北が「子(ね)」
東が「卯(う)」南が「午(うま)」西が「酉(とり)」です。 従って、南北の経度線を「子午線」とも
言います。また、船では、船首方向を「子」船尾方向を「午」右横方向を「卯」左横方向を「酉」
と呼びました。この時代のコンパスは現在のものとは異なり、十二支が描かれたカードの上に自由
に動く「磁針」が立てられたものでした。また、操舵用のコンパスは右と左が逆に描かれており、
右が「酉」で左が「卯」でした。このコンパスを「裏針(うらばり)」と呼びました。
また、この時代の舵は、舵輪方式ではなく、舵柄(Tiller)方式でした。舵柄操舵の場合は、右回頭す
る場合は舵柄を左に取り、左回頭する場合は舵柄を右に取ります。針路「子(北)」で航行中、右
に回頭して針路を「卯(東)」にする場合は 、舵柄をコン
パス・カードの「卯」の方向、即ち左に取れば船首は右に
回頭し、磁針が「卯」を指せば船首は「卯(東)」を向い
ています。同様に針路「子(北)」で航行中、左に回頭して
針路を「酉(西)」にする場合は、舵柄をコンパス・カー
ドの「酉」の方向、即ち右に取れば船首は左に回頭し、磁
針が「酉」を指せば船首は「酉(西)」を向いています。
従って、右に回頭する場合は、「卯」の方に舵を取ること
で、「卯面舵(うむかじ)」と言い、左に回頭する場合は
「酉」の方に舵を取ることで「酉舵(とりかじ)」と言う
様になりました。その後、操舵方式も、舵柄方式から舵輪
方式に変わり、操舵命令も「舵柄命令」から直接回頭する
方向の「方向命令」に変わりました。また、「卯面舵」は
「面舵」に、「酉舵」は「取舵」と言う様になりました。

ポート・スターボード ----- 2-2
操舵号令として、左に舵を取ることを「ポート(Port)」と言い、右に舵を取ることを「スター・
ボード(Star board)」と言います。ポートは「港」であり、スター・ボードは「星の舷」と言う
ことになります。それではなぜ、操舵号令としてこのような言葉を使う様になったのでしょうか。
昔、北欧のバイキング船が活躍していた頃は、舵が現在のものとは異なり、左の画のように右舷船
尾に取付けられた舵によって、船を操縦しました。この舵を「スティアー(Steer)」と言います。
スティアーが右舷側に取付けられているため桟橋に係留する場合に、左舷側を接岸係留するのが便
利なため左舷係留が習慣になりました。左舷側から貨物の揚卸や乗下船を行いますので、左舷側が
常に「港(Port)」側ということになり、左舷を「ポート・サイド」と言うようになりました。
ポート・スターボード   また、右舷側はスティアーが取付けられている舷の
  ため、スティアー・ボードと言っておりましたが、
  言い難いためか「スター・ボード」に変化したと言
  われています。ヨーロッパでも初期の頃は、舵柄方
  式の操舵号令でしたが、国によっては船首が回頭す
  る方向の「方向命令」を採用している国もあり、こ
  れが原因で衝突事故を起こす事があったため、
  1929年に「海上における人命の安全のための国際
  条約」が改定され、操舵命令を直接法(右回頭はス
  ターボード、左回頭はポート)に統一する決議が採
  択され、現在に至っています。

潮待ち・風待ち・帆待ち ----- 2-3
 低速船や帆船などが潮流の速い水道を通峡する場合は安全のために潮流が停止するか、弱くなる
まで水道の手前の安全な場所に錨泊して待ちます。これを「潮待ち」と言います。現在でも来島海
峡や関門海峡を通峡する低速船は「潮待ち」をすることがあります。
帆船は「向かい風」では航行できません。帆船時代には風向が変わり向かい風になったり、荒天に
なると航行できませんので、風の状態が航行可能の状態になるまで、風の穏やかな島影や湊に錨泊
して待ちました。これを「風待ち」と言い、帆船時代には「風待ち湊」として有名な湊が多くあり
ました。「帆待ち」も風待ちと同じような意味で使われたようです。因みに、東北地方では「帆待
ち稼ぎ」と言う言葉がありますが、臨時収入や内密の収入を「帆待ち」と言い、これらを得るため
に働く事を「帆待ち稼ぎ」と言います。もしかしたら、帆船時代の船乗りは、帆待ち中の暇なとき
積荷を少量くすねて陸でこれを換金して遊んだのかも知れません。
 
ビ ル ジ(Bilge) ----- 2-4

 船では船底の溜まり水のことを「ビルジ」と言います。正式には「ビルジ・ウオーター」です。
それでは何故、船底の溜まり水をビルジと言うのでしょうか。本来ビルジとは、船底の「湾曲部」
の事です。船体横断面図を見ると、二重底タンクの両側、湾曲部の所に水が溜まっています。ビル
ジの所に溜まっている水と言う事でビルジ・ウオーターと言います。貨物から出た水分や船艙内の
汗などの水がここに溜まります。これを一般にビルジと言っています。また、ビルジの所に船の長
さの約3分の2に亘って板が取付けられています。これをビルジ・キールと言い、船体の横揺れを
軽減するためのものです。
脚(あし) ----- 2-5
 船では吃水(Draft)のことを「脚 (あし) 」などとも言います。従って、船首の吃水は「オモテ
の脚」と言い、船尾の吃水は「トモの脚」などと言います。また同様に、「オモテ脚」とか「トモ
脚」という言い方もしますが、この場合の「オモテ脚」とは船首トリムのことであり、「トモ脚」
とは船尾トリムのことです。
 例えば、「トモの脚が浅くてプロペラーが空転する」などと言えば吃水のことであり、「オモテ
脚で舵の据わりが悪い」などと言えばトリムのことです。
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 船 員 用 語 

かたふり ----- 3-1
 かたふりと言う言葉は、四〜五人の気の合った仲間同士が部屋等に集まり、コーヒーや酒を飲み
ながら自慢話やよもやま話などを気軽に語り合う事を言います。話に熱中して来ると身ぶりが大げ
さになり、自然と肩が振れる様に動く事からこう言われる様になったのでしょう。船という限られ
た環境の中では貴重な情報交換の場であり、柔らかい話から硬い話まで気楽に話ができる社交の場
であり、また、親交を深める場でもありました。昔、若い乗組員が多かった時代、波静かな航行中
など一日の作業も終わり夕食が済むと、気の合った仲間の部屋に一人二人と集まって来て「かたふ
り」が始まります。話に熱中している時に、見回りに来た当直士官に覗かれて「おお、かたふりし
て居るな・・・」などと言われたものです。

殿様ワッチと泥棒ワッチ ----- 3-2
 船の航海中は、航海士と部員(甲板手)がペアで船橋(ブリッジ)に立ち、船の運航状況や周囲
の船舶の動きなどを監視しますが、これを航海当直(ワッチ)と言います。航海当直は午前0時か
ら4時間ごとの6つの時間帯に分けて行われます。担当航海士と甲板手1名は、それぞれが4時間
作業して8時間休むというサイクルで当直に立ち、時間帯ごとに「ゼロヨン」(0〜4時、12〜
16時)、「ヨンパー」(4〜8時、16〜20時)、「ハチゼロ」(8〜12時、20〜24時
)となっています。
ゼロヨン・ワッチは「泥棒ワッチ」とも呼ばます。これは通常二等航海士の組が担当しますが、真
夜中にあたるので体力面からもいちばん厳しい時間帯なのです。食料事情が十分でなかった時代に
は、時々食料庫のものが紛失する事もあり、ゼロヨン・ワッチの者の仕業だろうと噂される事があ
りました。そんな理由でゼロヨン・ワッチの事を「泥棒ワッチ」と呼ぶ様になったのでしょう。
ハチゼロ・ワッチは「殿様ワッチ」と呼ばれています。これは普通経験の浅い三等航海士の担当で
すが、一般の人が起きている時間でもあり、船長が起きている時間でもあるため、気が楽だと言う
事でそう呼ばれたのでしょう。
ヨンパー・ワッチは経験のある一等航海士の担当です。これは夜から朝、夕から夜に変化する、見
張りに気を使う時間帯です。また、薄明時の天測や方位測定など、船の安全運航上重要な作業をす
る時間帯でもあります。このように船の当直時間割は、船の安全運航を第一に考えて決められたも
のなのです。

船内で乗組員同士が職名でよぶ呼び方 ----- 3-3
 船内で乗組員同士が呼び合う時は、個人の名前で呼ぶ事もありますが下記左のように職名で呼ぶ
事が多いようです。例えば、船長が二等航海士を呼ぶ時は「セコンドッサー、横浜からロスまでの
大圏距離を調べてくれないかな。」とか、荷役中、一等航海士が三等航海士に「サードッサー、ち
ょっと脚(あし)を見て来てくれないか。」などのように言います。
 従って、職名で呼ぶ場合は英語ですが、相当に英語が訛っています。因に、船で脚(あし)とい
えば吃水の事です。また、船首トリムや船尾トリムをオモテ脚とかトモ脚という言い方もします。

キャプテン Captain(船長)船の総責任者
チョッサー Chief officer(一等航海士)甲板部総責任者。貨物船では貨物積揚担当
セコンドッサー Second officer(二等航海士)水路図誌、航海計器保守、航海全般の担当
サードッサー Third officer(三等航海士)船長、一等航海士の補佐
チーフエンジャー Chief engineer(機関長)機関部総責任者
ファーストエンジャー First engineer(一等機関士)機関部責任者、主機関の運転保守整備担当
セコンドエンジャー Second engineer(二等機関士)補助機関の運転保守整備、予備品管理担当
サードエンジャー Third engineer(三等機関士)機関長、一等機関士の補佐
ボースン Boatswain(甲板長)甲板部現場総責任者、一等航海士の補佐
コータマスター Quarter master(操舵手)入出港時の操舵、航海停泊時の当直業務
ナンバン No.1 oiler(操機長)機関部現場総責任者、一等機関士の補佐
ナンブトー No.2 oiler(操機手)航海停泊時の当直業務、操機長の補佐

荷粉(にご) ----- 3-4
 荷粉とは撒積貨物(例えば、石炭や穀物など)を全て揚荷した後の、これら貨物の残り粉のこと
です。船が入港し荷役業者が乗船して揚荷作業が開始され、何日かして揚荷作業が終了します。船
は次の積荷の準備のため船艙内を奇麗に掃除しますが、すると大型船では大量の荷粉が出ます。
 昔、日本が物資不足の頃、石炭などの揚荷が終了し荷役業者が下船して出港時間が翌朝などの時
は、早朝いまだ暗いうちに荷粉業者(ニゴー屋)数名が船艙内を掃除させて下さい、と言って乗船
して来たものでした。掃除を許可すると急いで掃除し荷粉を持ち帰る訳ですが、その時、荷粉の量
に応じて幾らかのお金を置いて行きます。このお金は(2-3)で述べた甲板部員の「帆待ち」とな
ります。

ゴー・ショー(Go on shore) ----- 3-5
 昔、昭和三十年代当時には「上陸する」と言う意味で「ゴー・ショー」という言葉が若い乗組員
達の間で使われていました。船が港に入港し、夕方船内作業が終了すると、若いセーラーやコータ
ー・マスター達は作業着から上陸用の一張羅のスーツに着替え颯爽と街へと「ゴー・ショー」した
ものでした。
 当時は現在に比べ、未だ物資が不足しており、スーツや革靴などは給料の額に比べて高価なもの
でしたので一着購入すると上陸専用として大事にしたものです。たまに船内で良い服装をしている
と「それはゴー・ショー用の服かな、、、」などと先輩船員に聞かれたりしたものです。
 また、女性にモテる船員の中にはスーツや靴だけではなく下着まで新品を着用して「ゴー・ショ
ー」する人も居りました。昔のことで現在とは大分違う様です。
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