『となりの戦車隊長 バレテ峠と同じ夏』 目次
このドキュメントは、1998年に亡くなったお隣の一人暮らしだった老人から わたしたち夫婦が聞いた戦争体験の、いわば聞き書きです。戦争の実体験としてのその話はわたしたちの想像を超えていました。個人的な体験とはいえ、それだけに過去の日本の戦争の時代を生きた一人の人間の生身の実感に満ちていました。
それだけでなく、戦犯処刑をすんでのところで免れて米軍に特別雇用され、戦後の日本にGHQの米兵として帰国するなど、少し変わったところもあったのです。

ある夏の暑い午後に家の縁側で始まったその話は、老人のほとんど毎日の来訪によって、延々と数ヶ月も続けられました。時には太陽が中天にある頃から始められ、やがて傾いた光が斜めから ぎらぎらと照りつける時間まで続いたこともしばしばでした。降り出した雨が膝を濡らしても縁側から部屋の中に決して入ろうとしなかったり、相当暗くなっても家はすぐそこだからと帰ることなく続けられたり、今思えば話す方も聞く方も暇というか、 粘り強く時間を過ごしたものだと感心してしまうほどです。

けれど話は老人にありがちな同じことの繰り返しがなく全ての事柄はほとんど重複しませんでした。まるで昨日まで話したことをしっかり記憶していて、今日話すことをあらかじめ考えていたかのようでした。必要に応じて全体から細部へ、また時間を遡るかと思えば戻ったりする、わたしたちには興味深く面白いものでした。そんな話がなぜある日突然始まったのか、理由はよく分かりません。多分書いていくうちに分かることがあるかも知れないとも思っています。

さらに不思議なことに、今わたしたちが住んでいるのはその人の住んでいた家なのです。その家から隣のわが家まで毎日話をしに訪れてくれていた、その人の家だったところに今はわたしたちが住んでいる、この偶然に因縁めいたものを強く感じないではおられません。

数ヶ月にわたって聞かされたその話を、その人が死んでしまった今ではだれも語る人はいません。このままではいけない気がして書き残しておこうと考えたのです。(恭子マーブル)


1》生き残り 2》戦車に乗っていた 3》バレテ峠

4》山岳戦 5》レモネード 6》パチラの木

7》斬り込み 8》徴兵検査 9》漂流 10》海没

11》戦友会 12》アオキ伍長 13》ゲリラ

14》輜重隊(しちょうたい) 15》サラクサク峠

16》サラクサク峠(脱出) 17》体に刺さった鉄片

18》接近戦 19》命令 20》撃兵団 21》ナタデココ

22》十石犬(ジッコクケン) 23》ヤマシタ道

24》重見支隊 25》イムガン川 26》本隊追求

27》軽油エンジン 28》サリナスの塩

29》アンチポロへの山岳転進 30》イゴロット族

31》ラムット川仮橋の渋滞 32》ラムット川右岸の殺戮

33》軍直轄からの解放 34》ゲリラ討伐 35》南方春菊

36》ドラム缶のナパーム弾 37》アシン渓谷の在留邦人

38》戦争が終わった日 39》アメリカ軍の捕虜になった日

40》カンルバン捕虜収容所への旅 41)首実検

42》アメリカ軍属 43》ハワイ 44》GHQ

45》ピストル 46》東電 47》原子力発電 48》信仰

49》四十九日

文:恭子マーブル 挿絵:ガハク