5》レモネード

ここらのイナカの習慣に従えば、談話の席には必ずお茶くらいはあるものなのですが、 「お茶でも入れましょうか」と言っても、ウハチさんは頑として断り続けました。そうは言ってもと、ぎこちなく出そうとしたものを、仕方がないので引っ込めてしまっていました。

でもちょっと変わったものだったら飲んでくれるかもしれないと思って、暑い時期でもあったから、ある日レモネードを作って冷蔵庫で冷やしておいたのです。しっかりレモンをしぼった本物のレモネード、わたしたちが大好きな甘い飲み物なのですが、やはり、 「おれはいらないよ。飲むんだったら、あんたたちだけで飲んでよ」と、これもきっぱりと断られてしまいました。

ウハチさんの話にわたしはたびたび質問を差し挟みます、
「中尉と中佐はどっちが偉いの?」だとか、軍隊の階級や組織のことなどまるで分からないのですから。
「ウハチさんの戦車部隊って、何台くらいで動いていたんですか?」と訪ねてみたりもしました。戦車隊長として数台の戦車を束ねる立場にあったような、でもその時のウハチさんの答えたことを今はもうはっきりとは覚えていません。

夫の父親もウハチさんと同じで南方に戦争に行っていました。
「ぼくの父はインドネシアに行ったんですけど、場所によってずいぶん違うんですね」「あっちもひどかったんだろうね」
「そうでもないみたいでしたよ。話を聞いてると、なんか気楽な感じで」
「いやそうじゃないと思うよ」

ウハチさんが帰った後で夫は、
「ぼくは中学生の頃から戦争の歴史ものなんかを読むのが好きな変な子だったんだよ。それでも本の中に書かれてあることが実感わかないこともあってさ、それでオヤジに聞いたんだよ。例えば仲間同士で殺し合いしたとか、人肉を食った食わないとか、、、それに恐ろしいから逃げ出そうとする兵隊はいなかったのか、とか。
だから『ほんとうにこんなことあったの?』って。そしたらオヤジは、『それは嘘だ』って言うんだよ、『日本の軍隊は優秀だったから規律もしっかりしてた』って。おかしいな、とその時でも思ったんだけど、ウハチさんの話の方がほんとうに聞こえるね」と、長い間の疑問が少し解けたようなことを言っていました。

この日もそうでしたが、ウハチさんは何も飲まずに真夏の縁側で何時間も話し続けるのでした。話しているときのウハチさんは何かに対決しているかのような厳しい表情なのです。彫りの深い顔の眼鏡の奥で光っていた目は、目というより眼球そのものに見えました。