8》徴兵検査

「おれは何度も死にかかった」というウハチさんのひとつひとつの話をつないでみると、避けようもない運命でという時もありますが、自分でそういう場所に飛び込んで行った時だってあるのです。

徴兵検査の時がそうです。 検査官に詰め寄って強引に合格にさせたという経緯があるのです。甲乙丙の「丙」とされて兵役を免れることができたはずなのにウハチさんは、 「帰ってからみんなにバカにされるのが嫌でね、『どうしてもこのまま帰るわけにはいかないんだ、何とか合格にしてくれ』としつこく頼んだんだよ」と言います。

「なんでわざわざ・・・」わたしは思わず言ってしまいましたが、
「検査官にも『逆は多いけど合格にしろというのは珍しい。ほんとに良いのか?」と言われたよ。おれは体は小さいけれどとても丈夫なんだって言ってやった」
もうすっかり白髪のおじいさんなのに、そう言っている時は鼻っ柱の強そうな顔をしていて、「この人は子どもの頃からこうだったんだろうな」と思わせられました。

ふとした時に顔を出すウハチさんの自尊心は、子どもの頃に培われたものなのでしょう。いわゆるガキ大将だったらしいのです。村の子どもを引き連れては、隣村まで殴り込みをかけたりするほどの乱暴ものだったそうで、
「オヤジも怖かったけどなんとかごまかせた。けれどお寺の住職だけには頭が上がらなかったな」と言っていました。「どうにもならないガキ」として坊さんからしっかり烙印が押されていたのです。

オヤジさんは県の役職や村長を務めるような人で、鬼石ではかなり古い家だったんだそうです。「鬼石(おにし)」と聞いてすぐに、少し前にわたしたちがオートバイで走ったルートの途中にあった村だと思い出しました。谷の深いところを蛇行して流れて行く川を眺めながら、夫とふたりでツーリングをしたのでした。 あのキラキラ光って流れていた川で、ウハチさんはウナギの仕掛けをを川底に沈めたり、子どもらと泳いだりしていたのだと思うと、もっと美しかったであろう昔の風景が頭の中に浮かんできます。

少し下流に行くと川をせき止めてできた大きなダム湖があったことを言うと、
「おれの生まれた家はそのダム湖に沈んでいるんだよ。道のずっと上の方に新しく建てた家に、今は兄貴がひとりで住んでいるんだ」と話してくれました。 横を走った時、なみなみと溢れるような湖水は澄んだ青緑をしていました。