10》海没

「海に投げ出されたおれたちは、浮いている板にいっしょにつかまりながらお互いを紐で結んだり、声をかけあって絶対に寝ないようにしていたんだけど、ひとりで木切れにつかまって流されていった兵隊は、きっと沈んでしまっただろうな」と、ウハチさんは言います。その船には、戦車や車両とそれに使う燃料や、武器や弾薬、米などの食料もいっぱい積まれていたでしょうに、それらはみんな海に沈んでしまいました。

戦友会の冊子や、生き残った人たちが綴った戦争記録がこの家にはあります。ウハチさんが残していったものです。名簿のなかの将校や下士官の名まえ横に、戦死や病死と並んで「海没」という文字を見つけました。きっとウハチさんと同じ船に乗っていて亡くなった人たちのことでしょう。

まっ暗な海にもののようにゆっくり沈んで行く人間、そのイメージはわたしを脅えさせました。「水死」というように事実を伝えているだけではなく、まるでそれはその人の運命だったのだと言っているように見えて、恐ろしかったのです。

ウハチさんがフィリピンに渡ろうとしていた当時は、すでに台湾周辺も危険な海域になっていました。アメリカの潜水艦がどこにいるか分からない、それで日本の船は潜水艦に狙われにくいようにジグザグ航行をするのだそうです。でもただでさえ速度の遅い貨物船が、そんなことをしていたのではますますルソン島上陸が遅れてしまいます。案の定というべきか、ジグザグ航行をしなかった船が魚雷を受けて沈んでしまいます。

なんと沈んだその船に、またもやウハチさんが乗っていたのです。
「戦場に着く前にもう2回も死にかかってるじゃないですか!?」と、思わずあきれて言っていました。ことが生死に関わることだし、失礼だとは思いましたが、ウハチさんの方はまるで愉快な失敗談のようにおもしろく話してくれるのでした。

「そうだよ。おれは何度も死にかかってるんだよ」と、笑いながら同じ口調で繰り返すのです。
「でも将校は良いよ。船は危ないからってこんどは飛行機で飛べるんだから」とは、漂流しているときに板の上にあぐらをかいていた将校のことを言っていたのでしょうか。口元が少しゆがんで、にやっと笑っていました。

あまり皮肉を言わない人が、このときは何か言いたいことがあるようでした。