11》戦友会

「おれはずっと戦友会には行かなかったんだよ」と、いまだに心にわだかまっているものがあるようなのです。
「最初の頃いっぺんだけ行ったことはあるんだよ。会合が終わると次は宴会になるでしょう、そうすると酒を注いでまわる人もいるわけだよ、『おたくはどこの部隊ですか』って。おれの目の前に来たやつの顔をひょいと見上げたら、おれに何度も斬り込みさせたやつだったんだよ。向こうはおれの顔を覚えちゃいないみたいなんだ。『あんたには何度も死にそうな目に遭わせられた』って言ってやった。そしたら妙な顔をして向こうへ行っちゃったけどね。あのときゃずいぶんいやな気がしたよ」

だんだんかつて上官だった人たちも亡くなって行き、やがて親しい戦友から、
「たまには出てこいよ。もうあいつも死んでしまったことだし」と、戦友会の旅行に誘われ、永い間遠ざかっていた戦友会にもやっとこの頃になって参加できるようになったんだそうです。

「その戦友の人って、いつも桃を送ってくれる人ですか?岡山の」と、思いついて聞いてみました。立派な桃をいくつも持ってウハチさんが初めてうちにやってきた時のことを思い出したからです。
「戦友が毎年送ってくるんだよ。少しだけど食べてみてくんない」と、どこかの方言が混じっているやさしい声でした。まだお隣に住んでいる老人としてしかわたしは見ていなかった頃のことです。

「ウハチさんはアメリカ兵にもなったことがあるから、他の人たちとギャップもあるんじゃないですか?」と遠慮なく聞いてみました。みんなが戦場の思い出話で盛り上がっているときに、両方の体験をしているウハチさんはどんな気持ちでいるんだろうと思ったからです。生き延びるためとは言え、敵国に協力して、しかも占領軍の一員として帰国したのですから。他の戦友たちが終戦後のウハチさんの運命を聞いていたにしても、そんな席ではやはり積極的には話題に出せなかっただろうと思うからです。

それに戦争が終わっても軍隊当時の上下階級の意識が残っているようにみえた戦友会の雰囲気になじめないものも感じていたらしいのです。
「アメリカ軍だって階級にはきびしかったよ。でも軍務が終われば違うんだ。将校室で部下の兵士が報告した後、机のうえに座っちゃって上官と談笑してたりしていたからね。軍隊の仕事は仕事、それが終われば平等の市民としての人間付き合いにもどれるんだ」確かにそんな場面をアメリカ映画か何かで見た気がしました。

「日本人はみんな『権利』ということを気楽に言うけれど、おれは違うと思うんだ。義務を果たさなければ『権利』や『自由』なんて言えないよ」
もうそろそろ帰ろうとして縁側の横に立ち上がっていたウハチさんは、腰が痛いのか、痩せている背中に手をあてがってはいましたが、胸を張って演説をするようにそう言ったのでした。