15》サラクサク峠

「サラクサク峠の戦闘って、バレテ峠とはまた違うんですか?」と、その時まで地図で確かめることもしないで質問していたのでしたが、
「両方で戦ってたんだよ、バレテが突破されないようにね。アメリカが北になだれ込んできたらおしまいだからね。サラクサクはバレテの西の方に伸びた尾根にあるんだ」と、ウハチさんはいつもていねいに説明してくれます。

補給基地は最初は南の方にあったのですが、1月9日のリンガエン湾からのアメリカ軍上陸後、どんどん北の山岳地帯に追い込まれて行きました。輜重隊(しちょうたい)も戦況が変わる度に弾薬や燃料や食糧の集積所を北に移動しなければなりませんでした。その輸送ルートの要(かなめ)がバレテ峠だったのです。しかしすでにリンガエン湾には空母や戦艦などが何百隻も配備されていましたし、規模も性能も格段にすぐれた長距離砲が常にバレテ峠に向かって砲弾を打ち込んできたそうです。

「バレテ峠を超えるあたりは南側がスッパリ切れている断崖なんだよ。だから敵から丸見えなんだ。こっちは荷台に燃料とか弾薬を積んでいるんだからね、当たればひとたまりもない。先頭のトラックがやられると、すぐ道の脇にある塹壕(ざんごう)に飛び込んで隠れるんだ。それから砲弾の落ちる合間をぬって車を谷底に落としてからまた前進したんだよ。あんときゃあほんとに凄まじかったな」
連日連夜10日間かけて、やっと輜重隊は緊急輸送をやり遂げたのだそうです。終戦の年の2月のことです。
「おれたちの師団はもう山岳歩兵隊になっちゃってたんだね。山の上に幾つも陣地を作って、それぞれが孤立して戦っていたんだよ。持久戦のかまえだったんだ。だからおれたちが運び上げる弾薬と米だけが頼りでね、ずいぶんありがたがられたもんだよ」

バレテ峠が5月9日には突破された後は、サラクサク峠にいた部隊は昼も夜も砲撃にさらされ続けたそうです。