16》サラクサク峠(脱出)

「すぐに、どの部隊も夜しか行動できなくなってたんだよ。しょっちゅう空母から飛行機が飛んできてたからね、みんな『こっちにも一機でも飛行機があればなあ』って言ってたもんだ」空からの攻撃を常に警戒しながら、地上ではゲリラや探知機にびくびくしながら行動したそうです。

日が沈んでから夜明けまでが活動時間だったのです。戦車やトラックも、昼間は竹やぶの中に突っ込んだり、マンゴーの巨木の下に隠してありました。山のあちこちの陣地で戦っている兵隊たちも昼間は横穴の中に隠れていて、夜になったらまた砲台を据え付けて砲撃を開始するという戦い方でした。

「飯も簡単に炊けないんだよ。煙が上っていると爆撃の目標にされちゃうからね、月夜もだめだったね。それでやられた陣地もあったんだ」
「じゃあ食べ物はどうしてたんですか?」
「夜に炊いたり、煙を散らしたり、とにかく気を抜くことはできなかった。敵に包囲されている陣地には三日も四日も食糧を運べなくて、守っている方も必死だけど、届ける方だって命がけだよ」敵の真正面で戦っているのに、弾薬の補給よりも食糧の方が足りなかったという悲惨な状況だったのです。
「やっと届いた籾米を鉄兜の中で棒で突いて殻を取り除いて炊くんだ。炊くことができないときは、そのまま米をかじることだってあったんだよ」

サラクサク峠から2キロほど東に下った所に輜重隊(しちょうたい)のイムガン集積所がありました。弾薬、食糧が置いてあるのです。もちろん樹木の生い茂る場所ではあったのですが、ある日そこにも敵の偵察隊がやってきたのです。しかし、手榴弾を投げるだけであっさり引き揚げて行ったのを怪しんだミヤニシ中隊長は、自分の判断でその日のうちの撤退を決意します。司令部の命令がない限り後方に下がるということはできないらしいのです。

「あれは危機一髪だった。ミヤニシ中隊長がすぐに脱出しようと決めたからよかったけどね。輜重隊は夜に動いていたから、みんなが帰ってくるまでに時間がかかったんだよ。全員が戻ってきたのが12時で、やっと準備ができたのが3時だった。でもその頃になると砲弾が撃ち込まれ始めたんだよね、それでもぐずぐずしてると明るくなっちゃうから、とにかく出発したんだ。道なんかないところを小さな隊に分かれて行ったんだけど、途中で夜が明けてしまった。じっと山の草むらに伏せて隠れたんだけど、それから敵機が何十機も飛んできて、集積所があった山ぜんぶがあっという間に焼け野原になったんだ。危機一髪だったよ。」

その時の脱出を指揮した宮西中隊長の手記が残っていました。そこには、夜明けと同時に40機ほどが焼夷弾を落とし、その後20機ほどで爆弾投下、さらに10機くらいで銃撃をしたそうです。ジャングルだったところが、わずか1時間ですっかり焼け野原に電柱が立ち並んでいるような風景になったそうです。5月26日の早朝のことでした。

これと同じ日、サラクサク峠の他の陣地でもたくさんの戦死者を出しながら撤退していきました。負傷兵を助けながら、さらに北へ転進を続けます。