20》撃兵団

ウハチさんがよく口にした『ゲキ』ですが、その音には誇らしさといっしょに、懐かしさのような響きも伝わってきました。

戦争に負けたことや上官への恨みとは関係なく、ウハチさんの気持ちにいつまでも残り続けていたものが何なのか、それを考えながら聞いてもいたのです。砲弾を受けて死んでいたかもしれないし、飢えで生き延びれなかったかもしれない戦争の記憶が、どうしてあのように熱く語られたのかとふしぎに思います。それにウハチさんの話には、恐ろしさはあっても暗いものはあまり感じませんでした。

「その『ゲキ』っていうのは、どこの部隊のことですか?」
「おれたちの師団のことだよ。撃兵団って呼んでいたんだ」
それは戦車第二師団の秘匿通称名でした。それぞれの兵団に付けられた名前は、いかにも勇ましい漢字が当てられています。

他にもルソン島には、「駿」「盟」「旭」「勤」「鉄」「虎」など10以上の兵団や師団が配備されていたそうです。その中でも撃兵団は満州で特別に訓練された精鋭部隊だったのです。
総人員9403人に、戦車220両、1500台のトラックに火砲や速射砲などを積んで移動しながら戦う撃兵団は、それまでとは違う戦い方ができるはずだと大いに期待されていたそうです。

ところが撃兵団が到着する前からすでにルソン島では飢えが始まっていました。食料不足と戦局の悪化から、戦線離脱する将校まで出ていたそうです。航空隊司令官が飛行機で逃げた話まであります。かわいそうに、残された航空兵たちは前線に送られてほとんど戦死しています。上官の代わりに懲罰を受けたようなものです。そんなところに撃兵団は入って行ったのです。

「レイテ沖海戦もちょうどその頃ですよね」と、思い出したように夫が聞きました。
「そうなんだよ。あの頃レイテもガダルカナルも負け始めていたんだね」と、他人事のように言っているウハチさんでした。そりゃそうです、実際の戦場にいる一兵卒にとって、まわりの戦況など知る由もありません。上層部の一部の人たちが戦局を分析して戦略を練っていたはずなのですから。

地図を見てみると、レイテはルソン島のすぐ南にあって、とても近いのです。ルソン島の戦死者が8割を超えているのは、戦闘の激しさもありますが、飢えで亡くなった兵隊も多かったのでした。