21》ナタデココ

ウハチさんはいつも門の所で声をかけてから庭に入ってきます。縁側から顔を出すと、ちょうど犬が駆け寄って行くところでした。そばまで近づいた犬はウハチさんの手のあたりに向かって、ぴょんぴょんと跳ねています。手の中ものが自分のために持ってきてくれた食べ物 だと思っているのでしょう。
「あんたたち、こういうの食べたことあるかい?」と差し出されたものは缶詰でした。

「いえ、食べたことはないです」
「ナタデココ、フィリピンではこれをよく食べたんだよ。この頃流行っててね、懐かしいから時々買ってくるんだ。半分っこしようと思って持ってきたんだけど、おれの分はもう分けてあるからこのまま冷蔵庫で冷やして」缶切りで開けてあるフタの隙間から見ると、白っぽい角切りの寒天のようなものが見えました。すぐに冷蔵庫に入れに行って戻ると、もうウハチさんは縁側に腰掛けて犬を撫でていました。

「今日はおまえには持ってこなかったよ。また今度な」と話しかけています。犬もウハチさんの飼い犬のようにべったり足元に寄り添って寝そべっています。犬はすぐになついたのですが、ウハチさんの方はこうなるまでに少し時間がかかりました。

「おれは犬が好きなんだよ」と言うわりには、犬が手に残っている肉の臭いを嗅いだり舐めようとすると、慌てて手を後ろに引っ込めていたのです。もっともいつもさっぱりとしたシャツやズボンを着ていて一人暮らしとは思えない清潔な身なりをしていた人でしたから、犬の唾が付いたりするのを不潔と思ってもふしぎではないのですが、多すぎるほどの生肉を犬に与えている様子とは矛盾しているように感じたのです。

そんな様子を眺めながら、もしかしたらこの人には何かの理由で、肌と肌が触れ合うようなことをいやがる肉体嫌悪のようなものがあるのではないか?と考えたりもしたのですが、それも時間とともに変わって行きました。しかも極端なことに、
「この犬は他の犬とは違う、特別だ」とまで言うようになったのです。そして近所の犬に噛まれた時のことを話してくれました。
「ほんとうに強い犬は滅多に吠えないものなんだ。やたらに吠える犬は弱い犬で、脅えて怖いから吠えるんだ」犬には一定の鑑識眼を持っていると自負するのでした。