22》十石犬(ジッコクケン)

「おれは子どもの頃から犬とは馴染みがあるんだよ。うちでは犬をたくさん飼ってたからね、『ジッコクケン』っていうんだ」
「どんな犬なんですか?」
「ちょうどこの犬くらいの大きさだけど、首の後ろからずっと尻尾の先まで毛が黒い縞になってるんだよ。そんなに大きかないけど気が強い犬でね、おれなんか怖くて近づけなかった。子どもだからってバカにして唸るんだ。親父の言うことだけは良く聞いてたなあ」

鬼石(おにし)の旧家だった屋敷の庭には、多い時には20匹近くの十石犬が放し飼いにされていたそうです。 十石峠の群馬側の山里で狩猟犬として飼われていた犬が、その地方だけの純粋種になっていったものらしいのです。

「今もウハチさんの実家ではその十石犬を飼っているんですか?」
「もう数匹になっちゃってたし、実家の兄貴も一人暮らしで世話ができないからって、最近県の方に譲ったらしいよ。今は群馬県の繁殖施設で飼われてるはずだ」

ウハチさんが言うには、犬にはそれぞれの種類で気質が違っていて、犬の顔を見ればそれがどんな犬かすぐに分かると言うのでした。
「この犬も野良犬だったにしては良い犬だと思うよ。かわいそうになあ、どうせ子犬が腹に入っているから捨てられたんだろう。これだけ気が強いから生きて来れたんだと思うよ、頭も良いし」と、ずいぶんな褒め方をします。

飼い始めてから分かったのですが、うちに迷い込んだその犬は、この辺りの部落を何ヶ月もウロウロしていたらしいのです。散歩をさせていると、「この犬知ってる」とか、「うちでもご飯をやったことがある」とか、あちこちで声がかかりました。「良かったわね、いい人に飼ってもらって」と言われたこともありますが、中には「もう捨てないでね」と、妙なことまで言う人も出てきました。

しかしだんだんお腹が膨らんできた時には、さすがに焦ってしまいました。 それでも産まれた4匹の子犬は可愛くて、毎日夫とおもしろがって世話をしていました。成長しはじめた子犬たちが庭を掘り返す度に大声で叱ったりしていたので、毎日庭で繰り広げられるそんな大騒ぎがウハチさんの家の2階の窓からは良く見えていたはずなのです。わたしたちに声をかけてくれるようになったのはその頃でした。