23》ヤマシタ道

「まあ今でこそ言えるんだけど、サラクサク峠の戦闘は、軍司令部が逃げるための時間稼ぎもあったんだね」と、ウハチさんは言います。
「司令部って、どこのですか?」
「山下大将のいる十四方面軍司令部だよ。最初バギオにあったんだ」

バギオはルソン島でも高地にある風光明媚な観光都市で、日本がフィリピンを占領してからは軍司令部をここに置いたのです。
「ヤマシタね、名前は聞いたことはありますけど、どんな人ですか?」
「日本が最初に連戦連勝した時に『マレーの虎』と呼ばれた有名な陸軍の将軍だよ。満州にいた関東軍の大将だったんだけど、『ゲキ』がルソンに来る少し前に着任してるんだよ」
「もう終末戦になっている段階で、またどうしてそんな人を?」と聞くと、それまでウハチさんとのやりとりを聞いていた夫が、
「その頃はね、大本営はフィリピンのレイテで一大決戦したかったらしいよ。それなのに当時のフィリピンの軍司令官が反対していたんだそうで、それを解任して『マレーの虎』で名を馳せた山下奉文を持ってくれば、うまく納まるんじゃないかと考えたんだって」と、横から解説を入れました。

バギオから山越えして東のピンキャンに抜けるルートは、サラクサク峠から北に直線距離で30キロほどのところにあって山岳地帯を東西に横切る山道です。
「じゃあ、すべての命令はこの人から出ていたんですね。ひょとしたらその山下大将たちは自分たちの脱出ルートを確保させるために回りの布陣を決めていたわけですか?」
「そりゃあ、戦争っていうのは大将を守らないと負けだからなあ」ウハチさんは、そうともそうでないとも言いませんでした。

その道は狭くて険しい山道で、そこを使って食料の米をバギオまで運ぶには牛車を使うしかなかったということです。それで急ピッチで道路の拡張工事をしていたのですが、皮肉なことに工事が完成した日に最初にそこを通ったのは、山下大将以下の司令部で、バギオからの脱出に使ったのでした。たった一度、逃げるために片道にしか使われなかった自動車道が「ヤマシタ道」と呼ばれた道でした。