34》ゲリラ討伐

ウハチさんのいるアダチ中隊も、やっと「撃(げき)兵団」に戻れることになったのですが、その見返りのように軍司令部のカワセ参謀からいやな任務を言い渡されてしまいました。憲兵隊で組織された「警戦隊」がやろうとしているゲリラ討伐に協力するようにというのです。

輜重隊(しちょうたい)は前線への物資輸送をするのが主な任務なのですから、常に武装はしてはいますが、元々は戦闘部隊ではないのです。それがよりによって憲兵隊といっしょになってイゴロット族の村を襲撃するというのですから、アダチ中隊長としても内心はこの命令を受けたときは苦しかったのにはちがいありません。

アダチさん自身がこの時のことを記録していました。
7月12日の午後、指示されていた山腹にあるイゴロット族の部落へ向かいました。収穫前の棚田に広がる稲穂がとても見事だったそうです。
しかし突然の襲撃を受けたイゴロット族はどうだったのでしょう。あわてて谷を伝って南方に逃げて行ったということですが、警戦隊が日の丸を掲げてさかんに重機関銃で射撃していたと書かれてもあります。

もう戦争の様相は、この頃ではすっかり変わって来ていました。将校から一兵卒にいたるまで、戦うことよりも毎日の食べ物をどうやって手に入れるかということで奔走していたそうです。ですからこのゲリラ討伐のほんとうの目的が、イゴロット族を追い出して彼らの食料を手に入れることだったのは、アダチ中隊長にも最初から分っていました。この苦しい任務を引き受けたことで、彼らの住居のバハイに残されていた籾の分配にも預かり、豚汁という久しぶりのごちそうも食べることができたのでした。しかも師団司令部ではこれからの自給自足を考えて、イゴロット族の畑や田んぼを各部隊に割り当てたりもしたそうです。

その頃アンチポロ周辺に住んでいたイゴロット族は4000人ほどだったそうです。そこに難民のようになっている日本兵がなだれ込み、武装した兵隊たちによって追い出された彼らイゴロット族もまた、その時から難民にされてしまったのに違いありません。ルソン島全体が難民の島のようにになりつつあったのです。