43》ハワイ

「おれはそのあとハワイに行ったんだよ」
そんな風に軽く言うウハチさんにまた驚かされてしまいました。期待通りの反応だったのか、ニヤッと笑っています。ルソン島での戦後処理がほぼ片付いた時点でアメリカ軍の主力部隊はハワイに戻ることになり、アメリカ軍属になったウハチさんもいっしょに移動したのでした。

残されているアルバムをめくると、ハワイでの生活がそれまでとは全く違うことが分かります。フラダンスの腰蓑を巻き付け胸にはブラジャーの白人の青年が、カメラに向かっておどけたポーズをしている写真。シープの運転席でハンドルに手をかけている人は確かにウハチさんです。サングラスをかけていますが、後ろのシートに坐っている黒人の兵隊と体格が明らかに違いますから。車の横に立っている白人兵も上半身裸です。ちょうど正午の南国の太陽が彼の足元に小さくくっきりした影を落としています。

「ローエン神父は親切な人でね、家にもよく遊びに行ったんだよ。奥さんが夕飯をごちそうしてくれたり、小さな女の子がいておれによく懐いてくれた」
アルバムにも大きな目をしたブロンドの女の子が犬と芝生で遊んでいる写真がありました。ウハチさんにも同じ年頃の女の子がいたので尚のこと可愛く思えたのでしょう。
「ローエンさんにはずいぶん世話になったんだよ」
ウハチさんの心細い境遇を理解してくれた人だったようです。それから20年後、神父に再会するためにアメリカの西海岸の住まいを訪ねています。その時はお互いの成長した娘の写真を交換し合ったそうです。

ある日上官の部屋に呼ばれ目の前に書類が出されました。
「これにサインをしろと言われたんだけど、何か変だなと思ったから『ちょっと待ってくれ』と言って必死に読んだ」話すだけなら何とか分るようになっていた英語ですが、自分の運命を決める英文の解読にはとても緊張したそうです。

「どうもこれにサインすると正式に米軍に入隊することになってアメリカ本国に送られるはめになりそうだと分ったんだ。そうなったら簡単には日本には戻れなくなるからね」その時ウハチさんは初めて自分の本当の気持ちをアメリカ軍に伝えました。

「もう日本に帰してください。私は日本に帰りたいのです」
この瞬間のための用意と覚悟はもう心の中にしてありました。それを支えたのはおそらくローエン神父だったのだと思います。