44》GHQ

「日本に帰って来たことをもう家族は知っていたんですか?」
「おれが行くまでは何にも知らなかったみたいだね」
もう何年も留守にしていた家族との再会に、ウハチさんは運転手付きのジープで乗り付けたのです。アメリカの軍服を着て帰って来たウハチさんの腕には、『GHQ』と書かれた腕章もはめられていたはずです。

「所沢の社宅にまだ住んでいるというのは分かっていたんだ。だから砂糖をたくさんジープに積んで出かけたんだよ。隣近所にも配れるようにね」
家からは奥さんと、その時はもう小学生になっていた女の子が出てきました。
奥さんは何も話しません。その母親に代わってその子が言ったそうです。
「お父さん今まで何してたの?お母さんはひとりで大変だったのよ」

父親がいないのにまだ社宅に住まわせてもらっている肩身の狭さや家計の苦しさなどを見て来た娘さんは、父親の突然の帰還を喜ぶことはなく、ただ責めたのでした。我が子にそう言われたのがウハチさんには相当のショックだったようです。再会のシーンとしてそれだけを話してくれました。

帰国してから毎日どんな仕事をしていたのか聞いてみると、
「いや大した仕事というのはないんだよ。ジープを走らせてあちこち調査や連絡に行っていたんだ」
かつて勤務していた東京配電株式会社に出向くこともありました。
「会社の上司が皆して驚いていたよ。おれは司令部から直に行ったんだからね。書類を検閲したり指導したり、不備があればどんどん注文をつけてすぐに直させた」
「へえ、すごいですね。本部付きで働いていたんですか」マッカサーが飛行機のタラップを降りてくるあの有名な写真を思い浮かべながら聞いていました。

それまでの緊迫したルソン島や、不安定な立場だったハワイでの話とは違って、生き生きとして自慢げな様子もあるのです。故郷に錦を飾るというには普通ではない異常な立場ではありますが、やっと日本に帰って来た喜びと、戦後の復興に自分も携わったという誇りがあるようなのでした。