45》ピストル

GHQの本部は皇居のお堀を見下ろすビルにあったそうです。休みの日には近くの銀座をぶらぶらすることもあったウハチさんでした。
「道端で石鹸を売っていたのでどんなものか試しに一つ買ってみたんだよ。そしたらまあとても使えた物じゃなかったね。すぐに水に溶けちゃうし泡立ちも悪い」
いつも使っているアメリカの石鹸とは比べ物にならないほど粗悪だったそうです。
「そんなに安くもないんだよ。それでもけっこう売れている。あんなもので商売が出来るんだったらもっと良いものを作れば絶対儲かると思ったね」

その時ウハチさんの頭に閃いたことがあったのでした。その頃親戚の人に就職の相談を受けていたのです。
「電力会社に世話してくれないかと頼まれたんだけど、そういうことはやりたくなかったし、無理だろうと言って断っていたんだよ。でもこれなら仕事になるんじゃないかってね」
早速次の休みの日に上野にある国立図書館に出かけました。石鹸の作り方や材料を調べるためです。
「カセイソーダがあれば上質の石鹸が出来ることが分ったんだ。どこかで手に入らないだろうかと仲間に聞いたら、水戸の軍倉庫に行けばたくさんあると教えてくれたんだ」
国内にある重要な物資はすべてGHQの管理下に置かれていたのでした。

休暇を取ってトラックの手配もして、これから汽車に乗ってカセイソーダを受け取りに出かけようとしていた時でした。
「一人で行くのか?ピストルを持って行け」
そう上官に言われてハッとしたそうです。『日本人』に自分がどう見えるか、全く想像できていなかったのでした。

汽車の中は買い出しから帰る人たちでごった返していました。
「皆ジロジロおれの方を見るんだ。向こうに着くまでずっと車両の通路の端に立っていたよ」
そしておそらくウハチさんの手はポケットの中で拳銃を握っていたはずです。

形にもこだわって作った石鹸は評判も良く、面白いように売れたのだそうです。いよいよ東京の下町に小さな工場を作ることになった時点で実際の経営は親戚に任せ、発案者で出資者のウハチさんはときどき経理を手伝うだけにしました。その後会社はロウソクも作るようにもなり、戦後景気の波に乗って順調に業績を伸ばして行ったようです。