49》四十九日

ウハチさんが亡くなった年は雪が多く、亡くなるちょうど一週間前には膝まで埋まる大雪が降りました。最後に会ったのは亡くなる五日前です。仕事から帰ると家の電話が鳴りました。
「天ぷらを買って来たから取りに来て」
表の路地に出てぐるっとブロック塀を回り込むとお隣の門があります。広い庭にはまだどっさりと雪が残っていました。玄関のドアを開けると奥の台所の方からスリッパの音が聞こえました。
「寒いから中に入って待ってて」
やがて現れたウハチさんは、
「夕飯の支度が大変だろうと思って余計に買って来たんだよ。」と優しく笑っていました。中には、イカとアジの天ぷらが透明ラップ越しに見えていました。

ウハチさんの死因は肺炎です。ずっと通院治療を受けていた膵臓の病気ではありませんでした。検査で毎回数字が変動する度に一喜一憂し医師の一言で暗い顔になったりする人を見ていると、あんなに過酷な状況を生き抜いて来た人なのにと思えて情けなくも哀れにも思えました。

でも今はそうは思っていません。少しでも長く生きていたいという意欲とそのための努力、孤独の中で精神が病まないように工夫しながら生きていたウハチさんの最後の戦いは、地道で目立たぬ毎日の行為の積み重ねだったのです。

田舎のしきたりで通夜もお葬式も隣組が手伝うのですが、ちょうどその二日間とも私は仕事で出かけなければならず欠席しました。通夜の式にも間に合わず、ウハチさんの顔だけ拝ませてもらいました。

その時の自分のことはあまりよく覚えていないのですが、朝から手伝いに出ていた夫が言うには、棺のフタを開けてもらって中を覗き込んだ私は、
「ウハチさんが死んでる。死んだウハチさんがいる」と言いながら声を出して泣いていたそうです。そこにはもうこの世の人ではない固まった顔、ウハチさんの形のなごりがあっただけでした。

ドサッと屋根から滑り落ちる音に思わずお隣の家を見てしまいます。もう誰も住んでいないはずなのに、二階に上る途中の階段の小窓や西向きの部屋の格子窓から時折こちらを眺めている視線があるような気がしてなりませんでした。まだ家の中にウハチさんの魂が住んでいるように思えました。

亡くなってちょうど四十九日目の夜にウハチさんの夢を見たのです。
半ズボンで脚には脚絆を巻いていました。背嚢には毛布が結わえ付けられこれからどこか遠くに出発するところでした。薄いピンクのベレー帽をゆったりと頭に冠っているのが目を惹きました。どこか外国の軍隊のようでした。また戦い続けるのだろうかと思いながら挨拶を受けたのでした。

目覚めた私は縁側に出てお隣の家を見上げました。不思議なことに昨日まで感じた視線はどの窓からもなく、もう誰も住んでいない空き家に見えたのです。

----------(完)-----------