
私の持論ですが、お椀でも何でも「用」を追求すれば必ず「美」となります。 加飾など必要ありません。私は、その作品のフォルム(形)と木や漆の質感だけで勝負します。
実用のお椀に関しては、蓋(ふた)は不要ですね。私の調べでは現在では蓋を使っている家庭はほとんどありませんし、また同じ材料で同じ仕事をすれば、蓋付きだと値段が倍近くなりますから、使わない物にお客さんにお金を払わせるのはよろしくないので、最初から蓋は外しましょう。
ところで、お椀の機能と言えばまず、汁を注ぐ、お椀を持つ、汁を飲む、お椀自体の見た目の美しさ、中に入れた食品を引き立てる役目、食品の保温、そして耐久性などなど、これらを高次元でバランスさせることができれば成功ですね。
下のような図面が出来上がりました。サイズはごく一般的なものです。お椀の顔とも言うべきサイドの曲線の膨らみも、奇をてらうようなことは決してやりません。侍の肩のように怒りすぎず、商人の肩のように謙りすぎず、 あくまで中庸です。
芸術論的な話になって申し訳ないですが、あくまで「中庸」が「目的」なのではなく、より高い表現をするための「手段」が 「中庸」なのです。
私がこのお椀に求める形、今にも大空に羽ばたかんとするような、そのような形。これを表現するのが目的であって、そのためにはサイドの曲線が低い次元で主張されては困るのです。そのための中庸なのです。

直接口に当たる部分、ここの切り型が最も飲み心地に影響するのですが、今の市販のお椀はあまりにも無神経な物が多すぎます。口当たりがぼてっと分厚く感じて、そして口を離した時、汁が外に垂れる。
こういうお椀を子供の時から使っていると、口を離す時についおわんをなめる癖がついてしまいます。
イタリアのよく出来たカットグラスのような、シャープな汁切れが理想です。
このお椀は木器ですから、あまり薄くはできないのですが。 しかし、口を切る角度や面の取り型を工夫して、イタリアのカットグラスに似た感触、汁切れにすることはできるのです。
手に持ったり口に当てたり、今流に言えば、お椀:人のインターフェイスですね。設計と試作をくり返し、徹底的に追求した結果が、この図面なのです。
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